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 #018
忌詞のこと

 

「泣くことは天下の不吉とはどういうことか」

 寅吉が答えた。

「こどもは仕方ないが、大人は泣いてはいけないということだ。その理由は、神々は泣き声を聞くと耳をふさぎ給うので、天下の不吉として正しい山人は特に嫌う。女はまだしも、男はできるだけ泣くものではないというのが師の教えだ」

 

 小嶋氏のところで一夜鮨を頂いたときのことである。主が「これは悪い鮨ですが」とへりくだって挨拶したところ、寅吉が「悪いなどという言葉を使うものではございません」というので、その理由を尋ねた。

「悪いということはできるだけいわない方がよい。特に悪い天気というのはよくない。よく降る天気だなどというべきだと師が仰っておられた」

 

 また、ある人が喉の固いところを喉仏というのを聞いて、寅吉がいった。

「世間の人は喉の骨を喉仏というが、俺の山では喉神という。米のこともぼさつというが、神というのがよろしいと師にいわれた」

 これを聞いた傍らにいた人が、「喉仏、ぼさつは世間で云い慣らされているが、喉神、米を神というのはおかしく聞こえる」といったところ、寅吉が聞きとがめた。

「それはよからぬ心だ。よい言葉はよく使って、世間の人がおかしく思わないほど云い広めるのがよい」

 

「あちらの世界でも忌詞(いみことば)といって病むを休む、泣くを潮垂る、死ぬを直り、墓を土塊、血を汗、仏を中子、僧を髪長、堂をあららぎなど、よい言葉に代えていうことはないか」

 寅吉が答えた。

「そういうこともあるかもしれないが、気付かなかった」