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今夜の番組チェック

 #010
不思議な地のこと

 

「文化十一年十二月二十七日節分のことだ。池ノ端の正慶寺に仕えていた十四歳の少年はそれまでにも何度か異人に伴われたことがあったのだが、この日、近所に糊を買いに行ったところ、例の異人に遭った。

『お前、寺には奉公するなと言っておいたのになぜ戒めを破った。いまから詫びを入れに来い』

『それなら、糊を買って寺に置いてから行きます』

『糊を買わずとも、銭を店に置いていけば寺には届くだろう。急げ』

 少年と異人は空を駆け、一息に筑紫の筥崎八幡宮に降り立った。豆まきでまかれた豆と封守を拾い、また空に駆け上がり、しばらく飛んでから、何里あるとも知れぬ石の塀に降ろされた。

「これは唐土に名高い万里の長城だ。少し遠回りだが、これをお前に見せようと思ってこちらを通った」

 また、しばらく空を飛ぶと、はなはだ寒く、太陽が常に見え、茶碗ほどの大きさに見えるところに着いた。大変荘厳で美しく、城郭のような城だった。城内を見ると人はみな日本の人で、商人の店も並び、日本に変わるところはない。使われている金銀も小判、小粒、南陵、丁銀など日本と同じであり、ただ、銭のみは仙台銭のように見えたらしい。

 さて、異人は少年を案内して殿上に上げると、玉簾を垂れた向こうに貴人が五人おられた。老若の差はあるもののいずれも日本の人で、天子の装束のような衣服を着ておられた。

 御前に出ると『ここにとどまるか、ふるさとに帰りたいか』とお尋ねになった。

 少年がふるさとに帰りたいと申し上げると、伴った異人が袖を引いた。

『そのようなことをいうな。こちらにとどまると申し上げろ』

 貴人達が言った。

『そのつもりもないのに強いて留めるには及ばぬ。四、五日おいて送り帰そう』

 貴人達は少年に色々な菓子を賜った。みな日本のものと変わることはなかった。

『我々と同等の人々は八人いるが、そのうち三人は日本に住んでおる。我らは思うところあってここに住んでいる』

 さて、寄り合い部屋のようなところに下りると、最近連れてこられたらしい人々がたくさんいた。四、五日逗留している間に観察していると、鉄を丸めて真っ赤に焼いた璽のようなものを持ってきて、咒文を唱えながらひとりひとりの体に押し当てている。熱いようには見えない。

 また、大きな釜に熱湯を沸かして、咒文を唱えつつ大勢を入れて蓋をして煮るのだが、これも熱いようには思われない。これが毎日のことだった。

 さて、翌年正月となり、人が来て少年に告げた。

『上様に御客があり、その方のことを告げたところ、明日には帰そうと仰られた』

 二日の昼頃には、また、貴人達の前に召し出され『今日、日本に帰す』と異人を六人呼び出し、あれこれの用事を済ませながらこの者を送り返すよう命じられた。高座の前に金か真鍮かわからないが、大きな玉の上に磁石の針のようなねじって回すものがついたものがあり、それを命を受けて行く人々の方向に向けて授けると、即、空に飛び上がった。この器は空行の術に未熟な者を伴うときに使うのだという。

 さて、東北の方角のいろいろなところで用事を済ませながら日本の空に来て江戸に入ろうとする頃、寒くてたまらなくなったのでそういうと、『深川霊厳寺で火災がある。ここで待て』と、寺の上の空で待たされている間に火災が起こったのでその火にあたった。夜明けのことである。

 引き続いて空を飛び、朝五ツ時に飯田町中板の稲荷神社の末社である金比羅神の屋根に降ろされた。

『近所にお前の叔父がいる。少しすれば迎えに来るだろう』

 そう言い置いて異人達は去った。やがて近所の者達が、少年が金比羅神の屋根の上にいることに気がついて抱き下ろした。少年は叔父に引き渡されたが、二、三日は夢うつつの中にいるようだった。やがて目が醒めてこうしたことを語ったのだという。

 特に奇妙なのは、髪、月代ともにいま剃ったばかりのように見えたのでどうしたのかと尋ねると、あちらに日本橋の何某という髪結いが住んでおり、彼に頼んで出立の朝に結ったのだという(ここには倉橋与四郎殿が聞き覚え、語られたことを挙げた。彼がいうには、千里の長城より遠く、太陽が茶碗ほどにも見えて、常に見えるということから、その地は韃靼(※タタール(モンゴル東部)の中国名)の奥地か、シベリア奥地ではないかという。焼けた鉄を額に当て、熱湯で煮るなどは、いわゆる三熱の苦とはこれをいうのではないかとも仰っておられた。なるほど、そうかも知れない)。お前は師に伴われてそのようなところに行ったことはないか」

 寅吉が答えた。

「池ノ端の正慶寺は俺もしばらくいた寺なので、この話はそこでも聞いた。俺はまだそのようなところに行ったことはない。だが、千里の長城なのかわからないが、本当に千里はあろうかと思われるほど砂山のように見える高い土手のあるところは空から見下ろしたことがある」

「未熟な者を飛行させるときに使うという金色の玉を見たことはないか。鉄の玉を焼いて額にあてること、釜に入れられて煮られることなどはどうか」

 寅吉が答えた。

「飛行をさせる玉は見たことがない。鉄の玉を焼いて額に当てることもない。釜に入れて煮られるのは熱湯の行に似ている」