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二日、しばらく顔を出さなかった鈴木敬貞が訪ねてきた(呼び名を吉兵衛という商人である)。この人の妻の名は常石(とわ)という。六十歳くらいだが、老女には珍しく夫と同様仏道を嫌って神を尊び、私の学説を信じて講説を聞きに通って来る。至って気が強い面もあるのだが、美辞麗句をもって夫を持ち上げる心遣いも見せるので、冗談に於須女老媼(おずめおうな)と名付けた。
敬貞が次のように語った。
「妻は最近、重い病にかかり、この年ではもう無理かも知れません。その妻が先生の許に幽界に仕えた子供がおり、いろいろな話を物語るのを真に受けているとの話を聞いて深く懸念しております。先生の学事が世間に広まろうとするのを妬む妖魔がそのような子供を遣わせて、まずは先生の考えに沿った言辞をなさしめ、その後に災難を蒙らせようと企んでいるのではと大変心配し、先生にこのことをお伝えくださいというのでやって参りました。
妻の言い分は一理あると思います。そのようなお心当たりはございませんでしょうか」
私はその心遣いに深く感じるところがあった。
「私も以前からそのような可能性に気づいており、今もつねに気を付けているところです。よってそのようなものに謀られるようなことはありません」
と、私の考えを話して聞かせ、夢々ご心配召さるなといって帰した。
老女のことばながら、実にもっともな危惧でもある。敬貞が帰った後、門人達にこの話をしたところ、寅吉がこういった。
「前にもお話ししたが、身近で親しくお仕えした自分でさえ師匠の正邪はわからなかった。それに自分のような身の上になったことが善なのか悪なのかすらわからない。自分ですらそうなのだから、まして世間の人がそのように疑うのは当然だ」
(私はこのとき初めて於須女老媼が病の床に就いていることを知った。見舞いに行かねばと思っていたところ、四日に亡くなったとの連絡があった。いまわの際まで例のことを案じていたらしい)
三日、伊勢内宮の内人、荒木田末寿神主が訪ねてきた。旧知の友人である(常の呼称は益谷大学太夫。故鈴屋翁の弟子。江戸にはいわゆる檀家回りで来た)。寅吉のことを伝え聞き、不審に思って詳しく聞くために来たという。
これまで書き留めたものを見せ、また、寅吉が書を書くところを見せたところ、おおいに興味を示し、次のように語った。
「この子供が仕えたのは、まさに正しい神仙だろう。話を聞くとまったく荒ぶる所がない。山人も国によっては荒々しく人を脅し、誑かすこともある。駿遠参(※駿河、遠江、三河)あたりの天狗は、手火を数多く連ね灯して人を驚かすのを常態としており、困ったものだ。
昔、文化七年の夏の頃、従僕二人を連れて秋葉の山を夜中に越えなければならないことがあった。例によって峰より峰に手火がおびただしく灯り、いま遠くの山に見えると思ったら、次の瞬間には目前にあるという具合で驚かされ、あるいは山鳴り、大木を抜き倒す音などを聞かされ、さんざんな目にあった。
従僕らはひどく恐れてその場にうずくまり、一歩も進もうとしない。そこで私は荷に腰掛けて大声で怒鳴った。
『安国と安らけき世に螢(かがり)なす かがやく神は何の神ぞも
(※神に守られた安らかな国に灯火をかかげて照らし騒がす神は何の神か)
私は伊勢大御神の内人である。神用でここを通るとは知らぬか』
すると、手火はたちまちに消え、林がざわめく音も止んだのだ」
仙境異聞(上)一之巻 (了)
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