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十二月一日、塙氏の塾生、佐藤甚之助が訪れて、適当な場所で密かに面会したいという。昨年の夏に知り合った人であり、応じるまま外で会うことにした。
「先日来、温故堂(※塙氏の屋号)でときどき屋代氏の話を聞く機会がありました。幽界の事情をつぶさに語る珍しい子供がおり、その話は先生が日頃説かれていることによく符合すると聞きましたが本当ですか?」
「そのとおりです」
「じつは、それについて申し上げたいことがあります。最近、私の神学の師である大竹先生のところで勉強をしていると、○○という神主が訪ねてきて先生の悪口をさんざんに吐き散らしました。その中で、
『幽界のことを語る子供のことも、平田は山師であるから教え込んでいわせているのだ』
といい、また、石笛のことにも触れ、
『あの笛は霊感に導かれて見つけたのだなどというのは偽りだ。私が知っている古道具屋で長くほこりを被っていたものをこっそり買ってきたのであり、大法螺を吹いていると古道具屋はかんかんに怒っている』
などともいっておりました。
大竹先生はこれにひどく心を痛められました。○○が帰ってから、
『私は平田さんに直接会ったことはないが、いま、世間で神の道の啓発に努める第一人者といえばこのお方をおいてほかにあるまい。しかし、このような悪評を受けるざまでは同じ道を歩む者として恥ずかしいことこのうえない。お前は平田さんの知遇を得ていると聞いている。会って、私の心持ちを伝えてきてはくれないか』
と、私に命を下されました。石笛のことは私も事情を存じておりましたが、子供のことは存じ上げませんでしたので、こうしてお伝えに参った次第です」
私は居住まいを正した。
「まことに同道の士とはかくありたいもの。大竹氏のお気持ちは慚愧に堪えません。ですが、寅吉は私が以前から知っていた者ではありません。彼が山崎美成のところにおりました際、その語る話が私の説によく符合するという話を屋代翁から聞き、ともに訪ねて問答をしたのがそもそものはじまりです。
いまは私の手元に置いていますが、そういう性根のねじくれた者に対してはどう説明しても無駄なものです。私は真実を知っている人たちに信じてもらえるだけで満足しています。自分にはなんの恥じるところもなく、根拠のない悪評などまったく気にしてはおりません。どうぞ、大竹氏には私が大変感謝していたとお伝えください」
佐藤氏はうなずいて帰った。
私はなんという星の下に生まれたのだろうか。いとけないころから親の手を離れ、乳母子よ、養子よと多くの人の間を行き来し、二十歳を過ぎるまで私の人生は苦しみの連続であったことはいまさら話すまでもない。
江戸に出て今日に至るまで、私はありとあらゆる世間の辛酸をなめつくしてきた。だが、これも仮住まいである現世の修行であり、苦難にぶつかってこそ当たり前と思いを定め、志を古道に立て、書を読み、書き著し、世間に正道を広めようと意を尽くしてきたのである。
目に見えない幽界はもちろんのこと、鳥獣虫魚、木にも草にも心を寄せて、悪行は為さぬよう心がけてきた自分である。まして、世間の人にはできるかぎり、いわゆる陰徳を積むことを心がけ、人になんといわれようと天に顔向けできない真似はすまいと誓い、万が一にも人に害を加えるようなことをした覚えは決してない。
しかし、このように作りごとまでして私を誹り、憎む人が多いらしいのは一体どうしたことなのだろう。○○という人にはまったく心当たりがない。恨みを買った覚えなどまるでないのに、このように悪口を言いふらされるとは、どういう理由があってのことなのだろう。
後日、上総国中原村にあるという玉依姫社の神主である弓削春彦が訪ねてきた。我が家を訪ねる途中、知人の○○のところに立ち寄ったところ私の話題になった。そこでも○○は大竹氏のもとで語ったように私のことを口を極めて罵り、あまつさえ、とうとう例の子供は役人に召し捕らえられ、平田も世間を騒がせた罪でお咎めを受けたとまでいったので仰天して急いで来たのだという。ご無事だとわかって安心いたしました、と喜びながら語ってくれた。
どうも○○という人は、会う人ごとに私の悪口を語って聞かせているらしいが、いくら考えても理由がわからない。私は○○に恨まれるようなことをした覚えはないのだが、道を歩いていて知らずに小虫を踏みつけることもあることを考えれば、もしかすると○○にも同じような仕打ちをしてしまったこともないとはいえない。もしそうだとすれば、私の過ちである。彼に会う人があればどうか心を落ち着けてくれと伝えて欲しい。
このほかにも寅吉のことについて私を中傷する人は多い。平田は自説を広めるために大嘘をでっちあげた、故鈴屋翁が幽界で天狗となられ、自説が幽界の有様によく符合していることを伝えるためにその使者として寅吉を遣わせられたのだなどといっている、とんでもない不届き者だ、という者。あるいは、神世文字の書を著したので、この字を真実の神世文字とするべく幽界の字を子供に教えて書かせているのだ、という者。
また、このような悪口雑言を聞いた弟子や友人達の中には、このままでは思いもよらない災難が身に及ばないとも限らない、早く寅吉を追い出せ、と私を心配してくれる人もいる。また、常日頃よく訪ねてくる人の中にも中国風、仏教風の考え方に囚われ、幽界のことをよく理解しないままに寅吉の言葉を頭から疑ってかかって、世の妄言に同調する人も多い。
私自身、ともすれば信念が揺らぐこともある始末である。まことに人の口ほど怖ろしいものはない。
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