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要領を得ないので荘吉に尋ねた。
「私は玄関で待っておりましたので詳しくは存じません。二階で猛烈な勢いで人を罵る声が聞こえ、しばらくして寅吉が階段を駆け下りてきて、さあ帰ろう、すぐ帰ろうと急かします。後から名主と二、三人が送りに出てきて
『どうかぜひまたお出でを』
と、いうのを聞き入れず、
『こんな面白くない家に二度と来るか』
と、素っ気なく言い捨てて、羽でも生えたようにすっ飛んで走り出しました。私は後から静かに、とはいうものの、走ったために途中で転んで、膝をすりむいてしまいました。
名主のところで、あのように大暴れした者は見たことがありません。きっと後で私が叱られます」
荘吉はそういってため息をついた。
なんだかよくわからないが、とにかく恥をかかずに帰ってきたらしいので私は嬉しかった。
二、三日して佐藤信淵が現れた。
「二十五日の夜に広小路の名主の家で、寅吉が真言僧をこてんぱんにやっつけたという話をその席にいた○○に聞きました。○○はひどく感心していましたが、このようなことをしていてはますます人に憎まれ敵を作ることになりますから、もうあんなことはしないようきつく言っておいた方がよろしいのでは」
「○○からどういう話を聞いたのだ?」
信淵の話に寄れば、初めと終わりは寅吉や荘吉の話したとおりだった。
「『神を罵っても罰は当たらないというのなら、いま俺の前で罵ってみろ。大神宮、金比羅神に告げていま、たちどころに罰を当てていただくように祈る。ほら、いってみろ、さあ、どうした』
と責めたてるので、満座の者はすっかり興をさまし、怖くなって僧に向かっていいました。
『この子は仙境で神に使われていた者ですから、この子が祈ればたちまちにその験があるに違いありません。どうかお出直しを』
僧は負け惜しみの苦笑を漏らしつつ、
『そのような仇をなされては迷惑である。私も神の道を知らないわけではない。いまお前に神の道を説き聞かせてやりたいとは思うが、三衣を着ていては三宝に差し障りがあるゆえに、それはできん』
と、答えましたが、これに寅吉はますます怒りました。
『ああ、そうだとも。そんな汚らわしいものを着て神のことを申しては恐れ多いというのはそのとおりだ。ただし、お前はその信じる仏法をさえろくろく知らないというのに、神の道など知っているはずがないだろうが。ただの負け惜しみにすぎん。もし、負け惜しみでないというのなら、ひとことでも説いてみろ。お前のような売僧が真のことを知っていようはずがないが。どうだ、大勢の人の前でこれだけいわれて悔しくはないのか。さあ、神の道の講釈をしてみろ』
と、返す返す責めると僧は顔を真っ赤にしてなにやらくだらないことをぶつぶついいだしましたが、寅吉はますます調子づいて攻撃しました。
家の主人ともうひとりが寅吉の傍らにいたのですが、寅吉をすかしなだめて、
『あのお坊様は格式の高い偉い人なのだから、そのようなことはいうものじゃないよ』
と、いうのも聞き入れず、
『僧の徳とは三衣を着飾っていればいいのか。その依るところの仏道も知らず、まして神の道を知らずに神の悪口をいい、俺に恥をかかせようとした汚らわしき坊主だぞ。何をいってもまだまだ足りないくらいだ。
世間の出家というものは俗家を欺き、物を奪って衣服を飾り、寺格を誇って人を見下す憎き奴ばかりだから、俺は僧が嫌いなのだ。俺が坊主を嫌っているのは知れているだろうに、わざわざ俺を招いておきながらどうしてこんな売僧を呼んだのか。我が師匠は釈迦よりも遙か前からこの世におられるが、そのお話を聞くところによると仏道というものは愚人を欺いて釈迦が勝手に作った道だという。思うに、ここに集まった方々はおおかた仏好きの人々であり、神の道を知らざるが故に世間の間違った風評を聞いて俺を怪しみ、試そうとこの坊主を呼び寄せたのだろう』
人々はあわてて、
『そうじゃないんだ。このお坊様は今夜たまたま来合わせただけなんだよ。まず怒りをしずめて』
と、お菓子を勧め、紙と筆を取らせて書を乞うたのですが、ふつうの細い筆に半紙だったものですから、
『ああもう、紙も筆もけちだっ』
と、わめきつつ、硯に激しく筆を突いて深くおろしたものの、まだ細く、加えて怒っているせいもあってよく書けなかったようです。
『俺はいろいろなところへ招かれて書を書いたが、こんな悪い筆で書いたことはない。もっと太い筆を出して欲しい』
と、いうので、家中探して出したものの、まだ細い。それを使って六、七枚は書き散らしました。
『紙も筆も具合が悪い。だいたい坊主がいるから今夜はうまく書けないんだ』
と、わめく間に、お膳を出して勧めると、
『坊主がいては汚らわしくて飯も食えない』
と、大声を上げます。もう、どうしようもなく、
『貴僧がおられては、この怒りはどうしても静まりますまい。どうかお引き取りを』
との願いに僧はしぶしぶ席を立ち、出された食事に箸も付けずに、なおも捨てぜりふを吐きつつ階段を下りていきました。
寅吉の怒りはまだとけません。世間の人が神道を知らずに仏道に迷っていること、出家の悪行などをわめきつつ、一膳の飯におかずを残らず食べ尽くし、まだ足りない様子で、飯を九回もお代わりしました。あまりの大食に人々が驚いていると、
『心配ない。飯にあたるということはないものだ』
と、平然としていました。
また、主人が、
『お好きな料理がありましらた、お代わりをおもちしますが』
と、申し出ると寅吉は鯛の焼き物をくれといいました。これに主人はひどく困ったような顔を見せましたが、しばらくしてなんとか用意した様子でした。
また、柿と蜜柑を盆に三、四十個ほども盛って出してあったのですが、真言僧との問答の間に、ぱくぱくと食い尽くしたので、また同様に盛って出すと、また二十個ほども食べてしまいました。
僧との問答の間は、目はひどく大きく光り、まるで別人のように見えたので座中の人々は背筋に冷たいものを覚えたといいます。
さて、食事が終わると帰ろうと立ち上がるので、人々はまあまあもう少しと引き留めたが止まりません。
『こんな面白くない家に長居はできない』
といって帰りの挨拶もせず、階段を下りて帰ってしまった、と舌を巻いて語っておりました」
私は、これは間違いなく双岳山人が仙境から守護してこのような振る舞いを為さしめたに違いないと悟った。
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