[PR]今日のニュースは
「Infoseek モバイル」

#018
寅吉、嘘つき呼ばわりされること

 

 十七日の夕刻には屋代翁の家を寅吉とともに訪ねた。阿部備中守殿が御側付きの者二名を遣わして寅吉の話を聞きたいとのお申し出があったためである。十六味保命酒を一とっくり、百花鏡を賜った。

 お二方のお尋ねは多岐に渡ったが、寅吉はそれらすべてに答えた。私と屋代翁の強い勧めで七韶舞を教えて差し上げ、また寅吉の太刀さばきなどもご覧に入れた。

 十九日にも寅吉を伴って屋代翁の家を訪ねた。今回は、大久保加賀守殿が御側付きの者二名を遣わしたためである。酒中花、蜜柑などを賜った。このときの質問にも大概は答え仰せた。

 二十日の夕刻、荻野梅塢氏が訪ねてきた。

「寅吉が神仙に仕えてきたなどというのはでたらめに過ぎんよ。だいたい、君も気がついてるだろうが彼は非常に頭がいい。あちらこちらを遊び回って聞き覚えたことを幽境で見聞きしたのだと言いふらしているだけだろうが」

「まあ、なかにはそういうこともあるかも知れませんが、すべてがそうとは思えません。七韶舞のこと、仙砲のことなど、どこかで見聞きしたと考えるのは難しいと思いますが」

「ああ、どうせ適当に思いつくまま話してるんだよ。頭のいい子供には悪い霊がつくことがあるもんだ。私も子供の頃は神童といわれたものさ。見てもいない物事を見てきたように話し、明日の天気を言い当てるなど、末恐ろしいとまでいわれた。そうして大人達が誉めてくれるのが嬉しくて、いま思えばとんでもない大嘘をいくつも吐いたものだ。寅吉も同様、人に聞いたことを山人に習ったといっているに決まっている。

 以前、私が初めて彼に会ったときには、印相のことなどまったく知らない様子だった。私が教えてやると、たちまち残らず覚えてしまってね。その後、ある家に連れて行くと、そこの主人に私が教えた印相を初めから知っていたように言うんだよ。早いとこ追い出した方がいいと思うがね」

 私はどう答えたものかわからず、しばらく何も言えずにいると寅吉の呼ぶ声がする。私は隣の部屋へ立った。

「何だ?」

「いまの話を聞いていたが、萩野の言い分には我慢がならない。俺はかつて嘘をついたことなどないし、あの人に印相を習った覚えもないぞ。美成のところで初めて会ったときに、

『印相とは尊いものだ』

 といい、

『あちらの世界にも印相を結ぶことはあるのか』

 と聞くので、

『尊いものだとは聞かなかったが、世間に広く伝わる技であるから知らないと困ることもある、覚えておけよ、と教えられたことはある』

 と、望むままに知っている限りの印相を結んで見せると萩野はひどく感心した面もちでメモを取っていた。ほかにもいろいろ聞かれて、

『よくもこれだけ知っているものだ。僧になるのが一番だろう』

 と、勧められた。この辺のいきさつは美成さんがよく知ってる。

 だから、いくら先生の客人とはいえ聞き捨てならない。正しいのはどっちか、決着を付ける」

 寅吉は目の色を変え、いまにも怒鳴り込まんとする勢いだったので、私はもちろん、ほかの者共もさまざまになだめてようやく落ち着かせた。

 後日、美成に尋ねると寅吉の主張が正しいとわかった。梅塢がどういうつもりであんなことをいったのか、いまに至るまで不明である。

 二十一日に寅吉はリンの琴のひな形を作り終えて屋代翁に贈り、その足で松下定年の屋敷を訪ねた。主が寅吉に書を書かせ、いろいろ幽界のことを尋ねていると、居合わせた滝川主水とかいう神道者がせせら笑って隣の連れに声をかけた。

「おい、こいつが高津鳥の災いにあった例のガキだそうだ」

 寅吉も負けずに笑って答えた。

「あなたは神職に就いておられる方らしい。中臣祓(※なかとみのはらえ)の詞にある高津鳥を天狗のことだと思って、俺をそれに攫われた者だと仰るんだろうが、俺はそんなつまらないものに誘われたのではないぞ。そもそも高津鳥というのは鷲の類のことをいうと山で教わった。この辺では違うのか?」

 滝川は顔を赤らめ、一言も発しなかった。

 幽界に誘う者には、神、山人、天狗の三種がある。これを知らない者はすべて天狗が攫うのだと思うものなのだが、この神主も同じ誤解をし、しかも天狗を高津鳥と同一視するに至ってはいい面の皮である。

 家に帰ると、吉田尚章(呼び名は太左衛門。内藤紀伊守殿の家臣で私の古い弟子である)が寅吉に会おうと若い医者を連れて待っていた。その医者も寅吉にあれこれと質問するのだが、天狗の子だと思いこんでいるらしく、

「鼻はそう長くもないなあ。背中の翼はないようだが、まだ芽が出てないのかい?」

 などと真顔でいうので、家中の者が笑いをこらえるのに苦労した。

 「今日は内も外も似たようなことがあったな」

 と、寅吉は大笑いしていた。