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十四日に松村平作が大阪に帰ることになった。塾の者どもは短冊などを書いて別れを惜しんでいたが、寅吉も親しくしていた者だったので、ずいぶんと気落ちしている様子だった。と、突然、
「俺に歌の詠み方を教えて欲しい」
と、言い出した。
「いきなり何事だ」
「みんな歌を詠めるのがうらやましい。俺もひとつ詠んで平作に贈ってやりたい」
私は笑った。
「歌というものは、一朝一夕に習えるものではないぞ」
「ならば、短冊を一枚くれ」
寅吉は、短冊に○(※テキストを参照)と書いて平作に渡した。皆でこれを見て、なんだろう、花という字だろうか、などといぶかしんでいると、ひっくり返して見ろという。そうすると「松」という字である。
「これは?」
「また帰って(※返して)来てくれるのを待つ、という意味だ」
平作は大変喜んで受け取った。家の者どもに別れの挨拶をして出立する姿を、寅吉は名残惜しそうに見送っていたが、門を出たところで、
「ちょっと待ってくれ」
と、平作を呼び止めた。寅吉は、両手を伸ばして平作の顔を挟み、お互いの鼻をすりあわせた。
「はなむけ(※鼻向け。餞)だよ。無事大阪に帰って、また春には来て欲しい」
皆で大笑いして、そして胸を熱くした。平作も涙を浮かべて再び別れを告げた。
寅吉は、日常このように子供っぽい振る舞いばかりする少年である。来客は誰もが寅吉のファンになるが、それももっともなことだ。しかし、そのいたずら好きは度を超しているといっていい。
思うところあって叱らず、好きにさせていると私の膝を枕にしたり、肩にしがみついて研究の邪魔をするのは勿論、机の端をかじる、錐で穴を開ける、筆の先をだめにする、小刀で硯を欠く、雲根石、孔雀石を割る、筆や墨を傷つける、すった墨をこぼす、灰を吹き立てるなど、周囲のありとあらゆるものにダメージを与える。
庭に出れば、木の枝を折り、素足で走り回り、高いところに上がっては下に何があろうとかまわずに飛び降りて壊す。また竹馬にのって泥水に落ちても足を洗わず、そのまま座敷に上がって部屋を泥だらけにする。
子供の遊ぶ豆鉄砲を強力に改造し、小石を撃っては張り替えて間もないふすまに穴を開ける。しまいには天井板さえ打ち抜くありさまなので、さすがに危ないから止めろというとその場だけはおとなしくしているが、すぐに忘れて人すら狙う。撃った小石が書き物をしている健雄の耳に当たり、大層痛い目に遭わせたこともある。
工作好きなので、あれを作る、これを作るといっては、かんな、のこぎりなどの大工道具を二度と使えないようにしてしまう。台所用品も再起不能となって捨てたものが多い。家人ももてあましているが、元来憎めない子供なので我慢している様子である。
寅吉はろくに帯も結べない。胴の周りに巻いて端をはさんでいるだけなので毎朝帯を結んでやるのだが、それも終わらないうちから走り出すのはいつものことである。
また、朝起きると帯も結ばず駆けだしてきては誰にでも相撲を取ろうと掴みかかる。わざと負けてやるとひどくむくれるので何度となく投げつけると、自分が勝つまでやるという。たまに勝つとその喜びようは大変なものである。
初めて会う人の前ではしばらくおとなしくしているが、気に入った人物には初めてだろうがなんだろうが肩車させろとせがんだりする。世間でいたずら好きの子供を「天狗の巣立ちのようだ」というのは、この寅吉の所行が元になったに違いない。
身分の高い方々を診る医師が江戸には三,四人いるらしいが、そのうち二人が寅吉に会いたいと訪ねてきたことがある。何を聞くのだろうと思っていると、
「体の調子はどうか」
「悪いところはないのか」
というものだった。寅吉はひどくつまらなそうにしながらも、一応、
「なんともない」
などと返答していた。
もうひとりの医師も同じことを質問したため、寅吉はとうとう答えもせず席を立ってしまった。傍らにいた私はいたたまれない思いで、
「こら、ちゃんとお相手せんか」
と、袖をつかんで座らせると、しぶしぶ
「別に」
などと生返事をしてまた駆け出し、豆鉄砲を撃って遊びだす始末である。
「危ないからやめんか」
と、止めたまさにそのとき、柱に当たった小石が跳ね返って医師の後頭部に当たってしまった。驚いて後頭部をさする医師の様子を見てさすがに申し訳なく思い、頭を下げて寅吉を叱り、下がらせた。医師は苦笑いして
「噂どおりですなあ。よく一緒に暮らしていられるものです」
と、言い残して帰った。その後、くどくどと小言を言って聞かせると、一応うなずいてはいるようだったが、どうせいつものことである。馬耳東風と耳から耳へ抜けているに違いない。
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