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寅吉が帰った後はなんとなく落ち着いて、十日間ほどは聞き出したことを書き記すのに費やしていたが、二十七日に笹川村の門人、高橋正雄が訪れた。
「寅吉の様子はどうだ?」
「対馬と一緒に十九日の朝早く笹川に船で到着しました。私の家にも連れてきてくれたので会うことができましたよ。対馬の家に二十三日まで逗留して咒術祈祷のことなどを話し、膏薬を練り、丸薬の製法などを教えたりしておりました。二十三日の夜には外から呼ぶ声が聞こえて、寅吉がそれに応えて出ていき、しばらくしてまた家に入ったのを従僕が寝ながら聞いています。
翌二十四日の朝、対馬に向かって『昨日の夜、師匠の許より迎えがあり今日筑波山に登るようにとの言づてを受けた』といいますので『ならば麓まで送っていこう』といいますと『今日また迎えが来る』とのこと。しばらく話などしていましたが、ふと気がつくといつのまにかいなくなっていました。対馬から『きっと迎えが来たのでしょう。先生に伝えてください』とのことでした」
いまさらのようだが寅吉の行動には驚かされる。こうしたことがあって寅吉の評判はいよいよ高くなり、同じ江戸に住んでいてもあまり我が家を訪れない弟子達の中には寅吉がいたときに我が家を訪ねなかったのを後悔する者も多かった。
さて、十一月一日には約束どおり双岳山人と寅吉に心ばかりの供え物を手向けて祈りを捧げた。このころ、火事が多くあって騒がしかったが、二日未明にも火事騒ぎがあった。家の者を起こし、私も火の見やぐらに昇って見渡すと本所のはずれあたりのようである。そのあたりには親類知人もいなかったので夜が明けるまでもうひと眠りしようなどといっていると、どんどんと門を叩く者があった。従僕に確認させると、なんと寅吉だった。門を開けて中に入れると長旅をしてきたとも思われない姿で例の笈箱を背負っている。家の女どものなかには『幽霊?』と恐がり隠れたりした者がいたが無理もない。
「いったいどうした?」
「笹川に行って五十嵐さんのところに二十三日までいたが、師匠が左司馬を迎えに遣わしてくれたので二十四日の朝に一緒に山に登った。だが、師匠は今年讃岐国の山周りのくじに当たられたので寒行は休みになった。あらかじめ告げていたとおり、また里に降りてこいということなので、古呂明、左司馬に連れられて今着いたところだ。これまでの成り行きもあるので、まず美成さんのところに行って門を叩いたのだが、『夜は金門開かざるが家の定めだ。日が昇ってからまた来てくれ』と入れてくれないので、こちらに来た」
「まあ、よく来てくれた。『真柱』と書状は渡してくれたか?」
「先生に聞かされたとおりにお伝えした。師匠は本のことも手紙のことも、すでによく知っている様子で、ただ、
『よしよし』
と、頷いておられた。神代文字の本は残らず読んで、
『よく集めたが、中に三字ほど異体を挙げ漏らしたものがある。そう伝えるように』
と、仰られた。
『七韶舞のことだが、お前が短笛の持ち方をこのように教えたのは誤りである。このように教えるように。舞の足踏みも、お前は右足から踏み出すと教えたが違う。左足から踏み出す舞である。切実な心映えから尋ねているのだから間違えずに教えなければいけない。また、この舞に合わせる臥竜笛浮金のことも伝えるように』
とも仰り、臥竜笛の中の仕掛けを見せていただき、詳しく教えを受けた」
そのほか、あれこれと山のことを尋ねているうちに夜が明けた。
毎朝行っている神拝を終えて、屋代翁のところへ寅吉が戻ってきたことを伝えに出かけた。美成の許へは健雄を告げにやった。やはりひとこと入れておかないわけにはいかないと考えたためである。この日我が家を訪ねて寅吉の話を聞いたのは小島氏、伴信友、中村帯刀、青木五郎治、笹川の正雄などである。
国友能当が、仙炮のことをすっかり聞く前に寅吉が帰ってしまったのは残念でならない、と、ひどく嘆いていたので、また来たことを知らせると五日に手製の風炮を携えてやって来た。寅吉にその仕掛けを見せて神炮のことを尋ねると、互いにああ、そうかと悟ることが大変多くあった。
このとき、小島氏、屋代翁、萩原仙阿弥氏らが来合わせ、話をしている中で寅吉は字がうまいという話題になり、その夜は飛白体(※かすれた字体)の字を多く書いた。
そこへ寅吉の兄、荘吉が勝手口に現れた。
「今日、広小路の名主○○が、私の家が属する坊の名主である○○に、家主に寅吉を連れてくるようにとの仰せがありまして、寅吉を迎えに参りました」
寅吉はこれを聞いて、じっと考え込んでいる様子である。屋代翁にこのことを話すと、
「わしに考えがある。荘吉には、『寅吉は屋代殿がいろいろ尋ねたいことがあるとかで、毎日その相手をしている。それが済んでから連れて行きます』と伝えるよう仰いなさい」
とのこと。そのとおり荘吉に言い含めて帰らせた。寅吉は喜んだ。
「この世に大名の門番と名主、家主ほど恐ろしいものはないからな」
「どういうことだ?」
「俺は幼い頃大名屋敷に迷い込んだとき、門番に大変な剣幕で怒鳴られ、また、○○という者の家主に店を追い出されたことがある。その家主を名主は叱るから門番、家主、名主ほど恐ろしいものはない」
これを聞いて、みんなで大笑いした。
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