| 鳥もちを弱くする術、風雨を呼ぶ術のこと | ||
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話は変わるが、我が家の隣家では「はご」という鳥の猟をしていた。数丈(※1丈は約3メートル)の高い木の枝に鳥もちをつけて、おとりを使って鳥を捕るのである。義母は「無益な殺生ですこと」と嫌っていた。 おりしもその鳥もちにひよどりが掛かった。居合わせた人々が立ち上がって 「ああ、また鳥が掛かった」 と、声を挙げたのを寅吉が聞きつけた。 「その鳥を放して見せよう。茶碗に水をいただきたい」 そのとおりにしてやると、書斎の縁側に立ち、刀を振るまねなどして、なにやらぶつぶつと唱えながら茶碗の水を指先ではじいた。皆で息をのんで見守っていたが、ひよどりの体も羽もしっかりと枝に着いておりびくともしない。書斎から罠までは三十間(※1間は約1.8メートル)ほどもあり、いくら神童といってもこの距離ではどうにもならないように思える。失敗して恥をかくことを恐れて 「鳥を逃がしてしまっては狩人が残念に思うだろう。やめなさい」 と、声をかけたが寅吉は一心に咒文を唱え続けて止めようとしない。しかたがないので対馬と私は見ない振りをしていたが、周りで見ていた者が 「あっ、片方の羽がはがれた」 と、声を挙げた。二人して罠に目をやると、見る間に左の翼と体が離れて落ちたが下の枝にまたひっかかってしまった。もう少しだったのにと落胆していると、寅吉はなおも咒文を唱え続けている。その間にひよどりはとうとう無事に枝を離れ、羽づくろいして飛び去ってしまった。 落ちた罠の一部を調べてみると、鳥もちはほとんど粘りけがなく細い糸を引くばかりになっていた。寅吉の咒文によって弱くなったとしか思えない。皆でたいしたものだと感心して褒めそやしたが、当の本人は別に珍しいことだとは思っていないようで 「早く竹を買いに行こう」 と、私を急かした。 「よしよし、すぐに買いに行こう。だが、その前に頼みたいことがある。私は常日頃風の神を信仰しており御利益を得たことも一度や二度ではない。風の神の幣を切ってもらえないだろうか」 「明日でいいじゃないか」 寅吉は渋ったが、なおも強いて紙とはさみを用意すると、やれやれ仕方ないとでもいいたげに切りかけたが、数度立ち上がって空を見上げる。 「やっぱり今日は止めよう」 「どうして?」 「風の神の幣を切ることについては秘伝を受けている。切れば東の方角に雲が湧き起こり、それが西に流れると風が吹いて、終いには雨が降る。雨が降ると竹を買いに行けなくなるから明日にしよう」 「そのように明らかな験(しるし)があると思うからこそ頼みたいのだ。雨が降ろうと風が吹こうとどうということはない。私が必ず買いに行くと約束しよう」 と、言を強くした。それでもしばらく拒んでいたが、空模様を気遣いながらとうとう幣を切った。切り終わって神を移し、使い方を説明した後、神垣に納めた。その途端に一点の曇りもないほどよく晴れた空に東の方角から寅吉の言ったとおり雲が湧き起こり、西の方角へと走り出した。風も吹きだし、寅吉は 「だからいったじゃないか」 と騒いで幣を取り出せという。私はそれを断ったが、あまりしつこいのでいうとおりにすると、寅吉は幣を手にしてしばらく祈念してからまた納めた。 「夕暮れまで神の力を封じ奉った。その間、雨や風は起こらない」 その後、稲雄を連れて寅吉を伴い筋違いの竹河岸へ竹を見に行った。道々いろいろな話をした。七韶舞(しちしょうのまい)に使用するリンという琴のこと、短笛のこと、羽扇のことなどである。竹を入手して帰り、その日家に来ていた大工に竹を九尺(1尺は約30センチメートル)と一丈に切らせ、洗わせた。 そこへ小嶋氏も来られて、私は健雄、稲雄、対馬らとともに舞のことについて尋ねていたところ、午後四時前に美成のところから使いがあり、急ぎの用があるのですぐに一緒に帰るようにとのことだった。とても残念だったが仕方がない。寅吉も名残惜しそうだったが、 「明日また来る」 と、言い残して帰った(日没後、風が吹き、冷たい雨が降った)。
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